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世界で最も有名な絵画50選

実物を見たことがなくても、誰もが知っている絵があります。パリで微笑む女性、渦を巻く夜空、橋の上で叫ぶ人物。ここでは、世界で最も有名な絵画『モナ・リザ』を筆頭に、史上最も有名な絵画50点を紹介します。

それぞれの作品について、誰がいつ描いたのか、なぜ有名になったのか、いまどこで見られるのかを解説します。画像はすべて実物の絵画を複製したパブリックドメインの画像で、無料でダウンロードでき、自由に使えます。

1人の画家が入るのは3点までとしたので、レオナルド・ダ・ヴィンチやゴッホと並んで、フェルメール、ゴヤ、北斎、クリムトなど多くの画家の作品に出会えます。

選定・執筆:Pavel Mazuelas2026年11月3日更新

有名な絵画ランキング:史上トップ50

世界的な知名度の順に、1位から50位まで並べました。絵をクリックすると、拡大して見ることができ、無料でダウンロードできます。

  1. レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』(1503–1519年)

    第1位ルネサンス

    モナ・リザ 作:レオナルド・ダ・ヴィンチ

    1503–1519年 · 油彩・ポプラ板 · 79.4 × 53.4 cm

    ルーヴル美術館、パリ

    レオナルド・ダ・ヴィンチは、『ラ・ジョコンダ』とも呼ばれる『モナ・リザ』を1503年頃に描き始め、1517年になってもまだ手を加えていた可能性があります。モデルは伝統的に、フィレンツェの貴婦人リザ・デル・ジョコンドとされています。意外なことに、誰もが知る絵になったのは1911年のことでした。この年にルーヴル美術館から盗まれ、2年以上も行方不明になったのです。1797年からパリのルーヴル美術館にあります。

  2. レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』(1495–1498年頃)

    第2位ルネサンス

    最後の晩餐 作:レオナルド・ダ・ヴィンチ

    1495–1498年頃 · テンペラ・乾いた漆喰壁 · 460 × 880 cm

    サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ、ミラノ

    レオナルド・ダ・ヴィンチは1495–1498年頃、ミラノの修道院の食堂の壁に『最後の晩餐』を描きました。イエスが使徒たちに、この中の一人が自分を裏切ると告げる瞬間をとらえています。イエスを描いた絵画として世界で最も有名な作品です。レオナルドは何度も描き直せるよう乾いた壁にテンペラで描いたため、当初の絵の具はほとんど残っていません。今もサンタ・マリア・デッレ・グラツィエにあります。

  3. エドヴァルド・ムンク『叫び』(1893年)

    第3位表現主義

    叫び 作:エドヴァルド・ムンク

    1893年 · 油彩、テンペラ、パステル・厚紙 · 91 × 73.5 cm

    ノルウェー国立美術館、オスロ

    エドヴァルド・ムンクは1893年に『叫び』を描きました。夕暮れに散歩をしていると空が「血のように赤く」染まり、「自然を貫く果てしない叫び」を感じたと、ムンクは回想しています。この最初の絵画版は、オスロのノルウェー国立美術館にあります。ムンクは絵画版を2点、パステル版を2点制作しており、1910年の作品も当サイトのコレクションに収められています。

  4. フィンセント・ファン・ゴッホ『星月夜』(1889年)

    第4位後期印象派

    星月夜 作:フィンセント・ファン・ゴッホ

    1889年 · 油彩・カンヴァス · 73.7 × 92.1 cm

    ニューヨーク近代美術館、ニューヨーク

    1889年6月、フィンセント・ファン・ゴッホはサン=レミ=ド=プロヴァンスの療養院の自室から夜明け直前の景色を眺め、『星月夜』を描きました。実際にはそこになかった村も描き加えています。ゴッホの最も有名な絵画で、1941年からニューヨーク近代美術館が所蔵しています。

  5. ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾りの少女』(1665年頃)

    第5位オランダ黄金時代

    真珠の耳飾りの少女 作:ヨハネス・フェルメール

    1665年頃 · 油彩・カンヴァス · 44.5 × 39 cm

    マウリッツハイス美術館、ハーグ

    ヨハネス・フェルメールは1665年頃に『真珠の耳飾りの少女』を描きました。ただ、この絵はこれまでさまざまな名前で呼ばれており、今の題名が定着したのは20世紀後半になってからです。青と黄色のターバンを巻いた少女は、1902年からハーグのマウリッツハイス美術館にあり、小説や映画の題材にもなりました。

  6. ウジェーヌ・ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』(1830年)

    第6位ロマン主義

    民衆を導く自由の女神 作:ウジェーヌ・ドラクロワ

    1830年 · 油彩・カンヴァス · 260 × 325 cm

    ルーヴル美術館、パリ

    ウジェーヌ・ドラクロワは1830年に『民衆を導く自由の女神』を描きました。多くの人が思い込んでいるのとは違い、主題は1789年のフランス革命ではなく、国王シャルル10世を退位に追い込んだ七月革命です。バリケードの上で三色旗を掲げる「自由」は、マリアンヌとして知られるフランスの象徴になりました。パリのルーヴル美術館にあります。

  7. 葛飾北斎『神奈川沖浪裏』(1831年頃)

    第7位浮世絵

    神奈川沖浪裏 作:葛飾北斎

    1831年頃 · 多色摺木版画 · 25.7 × 37.9 cm(この摺り)

    メトロポリタン美術館(この摺り)、ニューヨーク

    日本の有名な波の絵は、実は絵画ではなく木版画です。葛飾北斎は1831年頃、『富嶽三十六景』の最初の1枚として『神奈川沖浪裏』を制作しました。巨大な波の下で3艘の舟がもがき、遠くに富士山が小さく見えます。現存する摺りは約100枚しかなく、この1枚はニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しています。

  8. ミケランジェロ・ブオナローティ『アダムの創造』(1512年頃)

    第8位ルネサンス

    アダムの創造 作:ミケランジェロ・ブオナローティ

    1512年頃 · フレスコ · 280 × 570 cm

    システィーナ礼拝堂、バチカン市国

    2つの手が今にも触れ合いそうな有名な絵は、ミケランジェロが1508年から1512年にかけてシスティーナ礼拝堂の天井に描いた『アダムの創造』です。神が手を伸ばし、最初の人間アダムに命を与えようとしています。ミケランジェロの最も有名な絵画で、美術の歴史のなかで最も多く模倣されてきたイメージの一つです。

  9. ラファエロ・サンティ『アテネの学堂』(1509–1511年)

    第9位ルネサンス

    アテネの学堂 作:ラファエロ・サンティ

    1509–1511年 · フレスコ · 500 × 770 cm

    使徒宮殿(バチカン美術館)、バチカン市国

    ラファエロは1509–1511年、教皇ユリウス2世のために、バチカンの使徒宮殿の一室に『アテネの学堂』を描きました。古代ギリシャの偉大な哲学者や科学者がプラトンとアリストテレスを囲んで集い、そこにラファエロは見覚えのある顔を紛れ込ませました。プラトンのモデルはレオナルド・ダ・ヴィンチだと考えられており、ラファエロ自身もプトレマイオスの隣に描かれています。

  10. レンブラント・ファン・レイン『夜警』(1642年)

    第10位オランダ黄金時代

    夜警 作:レンブラント・ファン・レイン

    1642年 · 油彩・カンヴァス · 363 × 437 cm

    アムステルダム国立美術館(アムステルダム博物館より寄託)、アムステルダム

    その名に反して、『夜警』は夜の場面ではありません。レンブラントは1642年、フランス・バニング・コック隊長が率いるアムステルダムの市民隊の集団肖像画としてこの絵を描き、ありふれた注文制作を光と影のドラマに変えました。アムステルダム博物館が所蔵し、アムステルダム国立美術館に展示されています。

  11. サンドロ・ボッティチェッリ『ヴィーナスの誕生』(1480年代半ば)

    第11位ルネサンス

    ヴィーナスの誕生 作:サンドロ・ボッティチェッリ

    1480年代半ば · テンペラ・カンヴァス · 172.5 × 278.5 cm

    ウフィツィ美術館、フィレンツェ

    サンドロ・ボッティチェッリは1480年代半ばに『ヴィーナスの誕生』を描きました。海から大人の姿で生まれた女神が、貝殻に乗って岸へ流れ着く場面です。神話画の中央に大きな裸体を描くことは、古代以来ほとんど例がありませんでした。フィレンツェのウフィツィ美術館で、同じ画家の『プリマヴェーラ』の近くに展示されています。

  12. ディエゴ・ベラスケス『ラス・メニーナス』(1656年)

    第12位バロック

    ラス・メニーナス 作:ディエゴ・ベラスケス

    1656年 · 油彩・カンヴァス · 318 × 276 cm

    プラド美術館、マドリード

    『ラス・メニーナス』の本当の主役は誰なのでしょうか。ディエゴ・ベラスケスは1656年、スペイン国王フェリペ4世の宮廷でこの絵を描きました。幼い王女マルガリータ・テレサが、侍女たち、付き添い役、護衛、2人の小人、1匹の犬に囲まれて立ち、ベラスケス自身は巨大なカンヴァスに向かっています。マドリードのプラド美術館にあります。

  13. フィンセント・ファン・ゴッホ『ジャガイモを食べる人々』(1885年)

    第13位後期印象派

    ジャガイモを食べる人々 作:フィンセント・ファン・ゴッホ

    1885年 · 油彩・カンヴァス · 82 × 114 cm

    ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム

    フィンセント・ファン・ゴッホは1885年4月から5月にかけて、オランダのニューネン村で『ジャガイモを食べる人々』を描きました。ひとつの石油ランプの下で、農民の一家がジャガイモの食事を囲んでいます。アムステルダムのファン・ゴッホ美術館にあり、この場面の油彩スケッチはクレラー・ミュラー美術館にあります。ゴッホはこの場面のリトグラフも制作しました。

  14. クロード・モネ『印象・日の出』(1872年)

    第14位印象派

    印象・日の出 作:クロード・モネ

    1872年 · 油彩・カンヴァス · 50 × 65 cm

    マルモッタン・モネ美術館、パリ

    霧にかすむこの港の眺めが、ひとつの美術運動の名前になりました。クロード・モネは1872年、故郷のル・アーヴルで『印象・日の出』を描き、1874年にパリで開かれた、印象派の出発点となる展覧会に出品しました。モネの最も有名な絵画で、パリのマルモッタン・モネ美術館にあります。

  15. グスタフ・クリムト『接吻』(1908–1909年)

    第15位アールヌーヴォー

    接吻 作:グスタフ・クリムト

    1908–1909年 · 油彩、金箔・カンヴァス · 180 × 180 cm

    ベルヴェデーレ宮殿、ウィーン

    グスタフ・クリムトは、「黄金時代」の絶頂にあった1908–1909年に『接吻』を描きました。本物の金箔で覆われた衣をまとい、固く抱き合う男女の姿です。1908年に『Liebespaar(恋人たち)』の題で初めて公開され、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿上宮に展示されています。クリムトの最も重要な作品とされています。

    出典: ベルヴェデーレ宮殿

  16. ジャック=ルイ・ダヴィッド『ソクラテスの死』(1787年)

    第16位新古典主義

    ソクラテスの死 作:ジャック=ルイ・ダヴィッド

    1787年 · 油彩・カンヴァス · 129.5 × 196.2 cm

    メトロポリタン美術館、ニューヨーク

    ジャック=ルイ・ダヴィッドは1787年に『ソクラテスの死』を描きました。毒ニンジンを飲む刑を言い渡されたアテネの哲学者が、悲しむ弟子たちになおも教えを説きながら、落ち着いて杯に手を伸ばしています。プラトンが『パイドン』で語る場面です。ニューヨークのメトロポリタン美術館にあります。

  17. レオナルド・ダ・ヴィンチ『白貂を抱く貴婦人』(1490年頃)

    第17位ルネサンス

    白貂を抱く貴婦人 作:レオナルド・ダ・ヴィンチ

    1490年頃 · 油彩、テンペラ・クルミ板 · 53.4 × 39.3 cm

    チャルトリスキ美術館(クラクフ国立美術館)、クラクフ

    レオナルド・ダ・ヴィンチは1490年頃に『白貂を抱く貴婦人』を描きました。モデルのチェチリア・ガッレラーニは、レオナルドが仕えていたルドヴィーコ・スフォルツァのミラノの宮廷で暮らしていた女性で、彼女と腕に抱かれた白貂は、同じようにひねった姿勢で振り向いています。レオナルドが描いた女性の肖像画で現存する4点のうちの1点で、クラクフのチャルトリスキ美術館にあります。

  18. ヒエロニムス・ボス『快楽の園』(1490–1500年)

    第18位北方ルネサンス

    快楽の園 作:ヒエロニムス・ボス

    1490–1500年 · 油彩・オーク板 · 185.8 × 172.5 cm(中央パネル)

    プラド美術館、マドリード

    ヒエロニムス・ボスは1490年頃から1500年にかけて『快楽の園』を描きましたが、その意味については今も研究者の議論が続いています。この三連祭壇画はエデンの園から始まり、地上の快楽にあふれた中央パネルは、道徳的な警告とも、失われた楽園の幻とも読み取れます。マドリードのプラド美術館にあります。

  19. フィンセント・ファン・ゴッホ『ひまわり』(1888年)

    第19位後期印象派

    ひまわり 作:フィンセント・ファン・ゴッホ

    1888年 · 油彩・カンヴァス · 92.2 × 73 cm

    ナショナル・ギャラリー、ロンドン

    フィンセント・ファン・ゴッホは1888年、友人のポール・ゴーギャンが泊まることになっていた部屋を飾るため、アルルで『ひまわり』を描きました。花瓶に生けたひまわりは何点も描かれており、この作品はロンドンのナショナル・ギャラリーに、1889年に同じ構図で描き直した作品はアムステルダムのファン・ゴッホ美術館にあります。

  20. ミケランジェロ・ブオナローティ『最後の審判』(1536–1541年)

    第20位マニエリスム

    最後の審判 作:ミケランジェロ・ブオナローティ

    1536–1541年 · フレスコ · 1370 × 1200 cm

    システィーナ礼拝堂、バチカン市国

    システィーナ礼拝堂の祭壇側の壁一面を覆う『最後の審判』を完成させたとき、ミケランジェロは67歳近くになっていました。天井画から25年後の1536年から1541年にかけて描かれ、300人を超える人物のなかでキリストが人類を裁いています。裸体の多くは、のちに描き加えられた布で覆われました。

  21. カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『雲海の上の旅人』(1817年頃)

    第21位ロマン主義

    雲海の上の旅人 作:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ

    1817年頃 · 油彩・カンヴァス · 94.8 × 74.8 cm

    ハンブルク美術館、ハンブルク

    ひとりの男が岩山の頂にこちらへ背を向けて立ち、霧の海を見渡しています。カスパー・ダーヴィト・フリードリヒは1817年頃に『雲海の上の旅人』を描き、この絵はドイツ・ロマン主義を代表するイメージになりました。ハンブルクのハンブルク美術館にあります。

  22. テオドール・ジェリコー『メデューズ号の筏』(1818–1819年)

    第22位ロマン主義

    メデューズ号の筏 作:テオドール・ジェリコー

    1818–1819年 · 油彩・カンヴァス · 491 × 716 cm

    ルーヴル美術館、パリ

    テオドール・ジェリコーは27歳のとき、1818–1819年に『メデューズ号の筏』を描きました。題材は実際に起きた不祥事です。1816年、フランスのフリゲート艦メデューズ号が現在のモーリタニア沖で座礁し、少なくとも150人が急ごしらえの筏で漂流しましたが、生き残ったのはわずか15人でした。幅7メートルを超える大作で、パリのルーヴル美術館にあります。

  23. イリヤ・レーピン『トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージェ・コサック』(1880–1891年)

    第23位リアリズム

    トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージェ・コサック 作:イリヤ・レーピン

    1880–1891年 · 油彩・カンヴァス · 203 × 358 cm

    国立ロシア美術館、サンクトペテルブルク

    イリヤ・レーピンは1880年から1891年まで11年をかけて『トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージェ・コサック』を描きました。大笑いするコサックたちが、トルコのスルタンに宛てて挑戦的な手紙を書いています。皇帝アレクサンドル3世が3万5000ルーブルで買い上げました。サンクトペテルブルクの国立ロシア美術館にあり、もう1つのバージョンはウクライナのハルキウ美術館にあります。

  24. エドゥアール・マネ『草上の昼食』(1862–1863年)

    第24位リアリズム

    草上の昼食 作:エドゥアール・マネ

    1862–1863年 · 油彩・カンヴァス · 208 × 264.5 cm

    オルセー美術館、パリ

    エドゥアール・マネは1862–1863年に『草上の昼食』(Le Déjeuner sur l'herbe)を描きました。裸の女性が、きちんと服を着た2人の男性とピクニックをしながら、まっすぐこちらを見ています。1863年に公式のサロンの審査で落選し、落選展でスキャンダルを巻き起こしましたが、そのスキャンダルがマネを有名にしました。パリのオルセー美術館にあります。

  25. フランシスコ・デ・ゴヤ『裸のマハ』(1797–1800年頃)

    第25位ロマン主義

    裸のマハ 作:フランシスコ・デ・ゴヤ

    1797–1800年頃 · 油彩・カンヴァス · 97 × 190 cm

    プラド美術館、マドリード

    フランシスコ・デ・ゴヤは1797–1800年頃に『裸のマハ』(La maja desnuda)を描きました。おそらく政治家マヌエル・ゴドイが裸体画を集めた私室のための作品です。ゴヤは同じ女性を同じポーズで、服を着た姿でも描いており(『着衣のマハ』)、現在は2点がマドリードのプラド美術館に並んで展示されています。

  26. レンブラント・ファン・レイン『テュルプ博士の解剖学講義』(1632年)

    第26位オランダ黄金時代

    テュルプ博士の解剖学講義 作:レンブラント・ファン・レイン

    1632年 · 油彩・カンヴァス · 169.5 × 216.5 cm

    マウリッツハイス美術館、ハーグ

    レンブラントは1632年、アムステルダムの外科医組合のために『テュルプ博士の解剖学講義』を描きました。テュルプ博士が医師たちに腕の筋肉を示していて、医師の何人かはお金を払って絵に入れてもらいました。レンブラント初期の傑作の一つで、ハーグのマウリッツハイス美術館にあります。

  27. フランシスコ・デ・ゴヤ『1808年5月3日』(1814年)

    第27位ロマン主義

    1808年5月3日 作:フランシスコ・デ・ゴヤ

    1814年 · 油彩・カンヴァス · 268 × 347 cm

    プラド美術館、マドリード

    フランシスコ・デ・ゴヤは1814年に『1808年5月3日』を描きました。ナポレオンの占領に立ち向かったマドリードの市民をフランス兵が処刑する場面で、白いシャツの男が銃殺隊の前で両腕を高く広げています。戦争の恐ろしさを決定的に描いたイメージの一つとされ、マドリードのプラド美術館にあります。

  28. グラント・ウッド『アメリカン・ゴシック』(1930年)

    第28位

    アメリカン・ゴシック 作:グラント・ウッド

    1930年 · 油彩・ビーバーボード · 78 × 65.3 cm

    シカゴ美術館、シカゴ

    グラント・ウッドは1930年に、ピッチフォークを持った農夫の有名な絵『アメリカン・ゴシック』を描きました。隣の女性は妻と思われがちですが、ふつうは娘と説明されています。モデルはウッドの妹ナン・ウッド・グレアムと、一家のかかりつけの歯科医でした。シカゴ美術館にあります。アメリカでは著作権が更新されなかったため、1958年からパブリックドメインです。

    出典: シカゴ美術館 · Duke Center for the Study of the Public Domain

  29. ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』(1660年頃)

    第29位オランダ黄金時代

    牛乳を注ぐ女 作:ヨハネス・フェルメール

    1660年頃 · 油彩・カンヴァス · 45.5 × 41 cm

    アムステルダム国立美術館、アムステルダム

    ヨハネス・フェルメールは1660年頃に『牛乳を注ぐ女』を描きました。窓から光が差し込む静かな部屋で、台所の女中がゆっくりと牛乳を注いでいます。ほかには何も起きていません。アムステルダム国立美術館は、この作品を所蔵品のなかでも屈指の名品としています。

    出典: アムステルダム国立美術館

  30. ピエール=オーギュスト・ルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(1876年)

    第30位印象派

    ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会 作:ピエール=オーギュスト・ルノワール

    1876年 · 油彩・カンヴァス · 131 × 175 cm

    オルセー美術館、パリ

    ピエール=オーギュスト・ルノワールは1876年に『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(Bal du moulin de la Galette)を描きました。日曜の午後のモンマルトルで踊ったり飲んだりする、労働者階級のパリの人々を、ちらちらと揺れる木漏れ日のなかに描いています。かつては画家ギュスターヴ・カイユボットが所有していて、現在はパリのオルセー美術館にあります。

  31. ヤン・ファン・エイク『アルノルフィーニ夫妻像』(1434年)

    第31位北方ルネサンス

    アルノルフィーニ夫妻像 作:ヤン・ファン・エイク

    1434年 · 油彩・オーク板 · 82.2 × 60 cm

    ナショナル・ギャラリー、ロンドン

    ヤン・ファン・エイクは1434年に『アルノルフィーニ夫妻像』を描きました。ブルッヘの自宅にいるイタリア商人ジョヴァンニ・ディ・ニコラオ・アルノルフィーニとその妻を描いたとされる、全身像の二人の肖像画です。奥の壁の丸い鏡に注目してください。部屋全体が映り込んでいます。ロンドンのナショナル・ギャラリーにあります。

  32. エドゥアール・マネ『オランピア』(1863年)

    第32位リアリズム

    オランピア 作:エドゥアール・マネ

    1863年 · 油彩・カンヴァス · 130.5 × 190 cm

    オルセー美術館、パリ

    エドゥアール・マネは1863年に『オランピア』を描きました。こちらをまっすぐ見つめる、悪びれない視線は1865年のパリのサロンの観客に衝撃を与えました。細部の描写から、彼女が娼婦であることがわかったからです。モデルはヴィクトリーヌ・ムーランです。1890年、クロード・モネが呼びかけた募金によってフランス国家が購入しました。パリのオルセー美術館にあります。

  33. ジャック=ルイ・ダヴィッド『ホラティウス兄弟の誓い』(1784年)

    第33位新古典主義

    ホラティウス兄弟の誓い 作:ジャック=ルイ・ダヴィッド

    1784年 · 油彩・カンヴァス · 330 × 425 cm

    ルーヴル美術館、パリ

    ジャック=ルイ・ダヴィッドは1784年に『ホラティウス兄弟の誓い』を描きました。古代ローマの3兄弟がローマのために死ぬまで戦うと誓い、その傍らで一家の女性たちが悲しみに崩れ落ちています。発表されるとすぐに成功を収め、今も新古典主義の絵画のなかで最もよく知られた作品の一つです。パリのルーヴル美術館にあります。

  34. サンドロ・ボッティチェッリ『プリマヴェーラ』(1470年代後半または1480年代前半)

    第34位ルネサンス

    プリマヴェーラ 作:サンドロ・ボッティチェッリ

    1470年代後半または1480年代前半 · テンペラ・板 · 202 × 314 cm

    ウフィツィ美術館、フィレンツェ

    サンドロ・ボッティチェッリは1470年代後半か1480年代前半に『プリマヴェーラ』(「春」)を描きましたが、この絵がどんな物語を描いているのか、突き止めた人はいません。古典神話の神々やニンフが庭に集まっています。春の寓意だという見方が大半ですが、細部の解釈は今も議論されています。フィレンツェのウフィツィ美術館にあります。

  35. ヨハネス・フェルメール『デルフト眺望』(1660–1661年頃)

    第35位オランダ黄金時代

    デルフト眺望 作:ヨハネス・フェルメール

    1660–1661年頃 · 油彩・カンヴァス · 96.5 × 115.7 cm

    マウリッツハイス美術館、ハーグ

    ヨハネス・フェルメールは1660–1661年頃、水辺の対岸から見た故郷の町を『デルフト眺望』に描きました。フェルメール唯一の都市景観画で、彼が描いたことが知られるデルフトの絵3点のうちの1点です。1822年からハーグのマウリッツハイス美術館にあります。

  36. ジャック=ルイ・ダヴィッド『マラーの死』(1793年)

    第36位新古典主義

    マラーの死 作:ジャック=ルイ・ダヴィッド

    1793年 · 油彩・カンヴァス · 162 × 128 cm

    ベルギー王立美術館、ブリュッセル

    ジャック=ルイ・ダヴィッドは1793年に『マラーの死』を描きました。友人で革命指導者のジャン=ポール・マラーが、シャルロット・コルデーに浴槽で刺殺されてから数か月後のことです。フランス革命を象徴する最も有名なイメージの一つで、ブリュッセルのベルギー王立美術館にあります。

  37. ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ウルビーノのヴィーナス』(1538年)

    第37位ルネサンス

    ウルビーノのヴィーナス 作:ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

    1538年 · 油彩・カンヴァス · 119 × 165 cm

    ウフィツィ美術館、フィレンツェ

    ティツィアーノは1530年代に『ウルビーノのヴィーナス』を描き、1538年に売り渡しました。横たわる裸婦が、見る者をまっすぐ見返しています。ポーズはドレスデンにある『眠れるヴィーナス』から借りたものですが、ティツィアーノは女神を屋内、ルネサンスの宮殿の一室に移しました。フィレンツェのウフィツィ美術館にあります。

  38. ピーテル・ブリューゲル(父)『雪中の狩人』(1565年)

    第38位北方ルネサンス

    雪中の狩人 作:ピーテル・ブリューゲル(父)

    1565年 · 油彩・オーク板 · 116.5 × 162 cm

    ウィーン美術史美術館、ウィーン

    ピーテル・ブリューゲルは1565年に『雪中の狩人』を描きました。狩人と犬たちが深い冬のなかを重い足取りで家路につき、眼下には凍った池でスケートをする人々でにぎわう谷が広がっています。季節を描いた連作の1点で、この連作は5点が現存しています。ウィーン美術史美術館にあります。

  39. フーベルト・ファン・エイク、ヤン・ファン・エイク『ヘントの祭壇画』(1432年完成)

    第39位北方ルネサンス

    ヘントの祭壇画 作:フーベルト・ファン・エイク、ヤン・ファン・エイク

    1432年完成 · 油彩・オーク板 · 375 × 520 cm(開いた状態)

    シント・バーフ大聖堂、ヘント

    フーベルト・ファン・エイクとヤン・ファン・エイクは、『神秘の子羊の礼拝』とも呼ばれる『ヘントの祭壇画』を1432年に完成させました。この巨大な開閉式の祭壇画は中世美術からルネサンス美術への転換点を示す作品で、最初の本格的な油彩画と呼ぶ人もいます。それから6世紀近くたった今も、ヘントのシント・バーフ大聖堂にあります。

  40. エドゥアール・マネ『フォリー・ベルジェールのバー』(1882年)

    第40位印象派

    フォリー・ベルジェールのバー 作:エドゥアール・マネ

    1882年 · 油彩・カンヴァス · 96 × 130 cm

    コートールド・ギャラリー、ロンドン

    エドゥアール・マネは1882年、最後の大作となる『フォリー・ベルジェールのバー』を描きました。パリのナイトクラブのバーメイドがこちらを見つめ、背後の鏡には群衆が映っています。かつては友人の作曲家エマニュエル・シャブリエの家でピアノの上に掛けられていて、現在はロンドンのコートールド・ギャラリーにあります。

  41. ラファエロ・サンティ『システィーナの聖母』(1512–1513年)

    第41位ルネサンス

    システィーナの聖母 作:ラファエロ・サンティ

    1512–1513年 · 油彩・カンヴァス · 269.5 × 201 cm

    アルテ・マイスター絵画館、ドレスデン

    ラファエロは1512–1513年、ピアチェンツァのサン・シスト教会のために『システィーナの聖母』を描きました。ラファエロが最後に描いた聖母像の一つです。この絵は旅をしてきました。1754年にドレスデンへ移り、第二次世界大戦後の10年間はモスクワに置かれ、その後ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館に戻りました。

  42. ピーテル・ブリューゲル(父)『ネーデルラントの諺』(1559年)

    第42位北方ルネサンス

    ネーデルラントの諺 作:ピーテル・ブリューゲル(父)

    1559年 · 油彩・オーク板 · 117 × 163 cm

    ベルリン絵画館、ベルリン

    ピーテル・ブリューゲルは1559年に『ネーデルラントの諺』を描きました。村じゅうの人々が、ネーデルラントのことわざや言い回しを文字どおりに演じています。もとの題名『青いマント』または『世界の愚かさ』からは、ブリューゲルがこの絵を人間の愚かさの目録として描いたことがわかります。ベルリン絵画館にあります。

  43. トマス・ゲインズバラ『青衣の少年』(1770年頃)

    第43位ロマン主義

    青衣の少年 作:トマス・ゲインズバラ

    1770年頃 · 油彩・カンヴァス · 179.4 × 123.8 cm

    ハンティントン・ライブラリー、カリフォルニア州サンマリノ

    トマス・ゲインズバラは1770年頃に『青衣の少年』を描きました。きらめく青いサテンの衣装をまとった若者の全身肖像画です。絵も画家も有名ですが、この少年が誰だったのかは今も議論が分かれています。カリフォルニア州サンマリノのハンティントン・ライブラリーにあります。

  44. ディエゴ・ベラスケス『ブレダの開城』(1634–1635年)

    第44位バロック

    ブレダの開城 作:ディエゴ・ベラスケス

    1634–1635年 · 油彩・カンヴァス · 307 × 367 cm

    プラド美術館、マドリード

    ディエゴ・ベラスケスは1634–1635年に『ブレダの開城』を描きました。敗れたオランダ軍の司令官ユスティヌス・ファン・ナッサウが、1625年にブレダを攻め落としたスペインの将軍アンブロジオ・スピノラに町の鍵を手渡しています。林立する槍から、スペインでは『槍』(Las lanzas)の愛称で呼ばれています。マドリードのプラド美術館にあります。

  45. フランシスコ・デ・ゴヤ『我が子を食らうサトゥルヌス』(1820–1823年頃)

    第45位ロマン主義

    我が子を食らうサトゥルヌス 作:フランシスコ・デ・ゴヤ

    1820–1823年頃 · 壁画(カンヴァスに移行) · 143.5 × 81.4 cm

    プラド美術館、マドリード

    フランシスコ・デ・ゴヤは1820–1823年頃、自宅の壁に直接『我が子を食らうサトゥルヌス』を描きました。人に見せるつもりのなかった14点の「黒い絵」の1点です。ティーターン族のサトゥルヌスが、王座を奪われることを恐れて自分の子の一人を食べています。ゴヤの死後にカンヴァスに移され、マドリードのプラド美術館にあります。

  46. イヴァン・アイヴァゾフスキー『第九の波濤』(1850年)

    第46位ロマン主義

    第九の波濤 作:イヴァン・アイヴァゾフスキー

    1850年 · 油彩・カンヴァス · 221 × 332 cm

    国立ロシア美術館、サンクトペテルブルク

    イヴァン・アイヴァゾフスキーは1850年に、代表作『第九の波濤』を描きました。夜の嵐が去ったあと、難破した人々が折れたマストにしがみつき、雲間から太陽がのぞいています。題名は、続けて押し寄せる波のうちで最も大きな波をいう、船乗りたちの古い言い伝えに由来します。サンクトペテルブルクの国立ロシア美術館にあります。

  47. ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』(1563年)

    第47位北方ルネサンス

    バベルの塔 作:ピーテル・ブリューゲル(父)

    1563年 · 油彩・板 · 114 × 155 cm

    ウィーン美術史美術館、ウィーン

    ピーテル・ブリューゲルは1563年に『バベルの塔』を描きました。聖書に登場する塔が、にぎやかな港の上にらせん状にそびえ立ち、まだ建設が続いています。ブリューゲルはこの主題を少なくとも3回描いており、この「大」バベルの塔はウィーン美術史美術館に、より小さな作品はロッテルダムにあります。

  48. ジョルジュ・スーラ『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(1884–1886年)

    第48位後期印象派

    グランド・ジャット島の日曜日の午後 作:ジョルジュ・スーラ

    1884–1886年 · 油彩・カンヴァス · 207.6 × 308 cm

    シカゴ美術館、シカゴ

    ジョルジュ・スーラは1884年から1886年まで2年をかけ、無数の小さな色の点を重ねて『グランド・ジャット島の日曜日の午後』を描きました。セーヌ川のほとりの公園でくつろぐパリの人々の姿です。スーラの最も有名な作品で、点描法を代表する作品として、シカゴ美術館に展示されています。

  49. グスタフ・クリムト『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』(1907年)

    第49位アールヌーヴォー

    アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I 作:グスタフ・クリムト

    1907年 · 油彩、金、銀・カンヴァス · 140 × 140 cm

    ノイエ・ギャラリー、ニューヨーク

    グスタフ・クリムトは、『黄金のアデーレ』とも呼ばれる『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』を1903年から1907年にかけて描きました。彼の「黄金時代」の最後の作品です。1941年にナチスに奪われましたが、2006年にウィーンでの仲裁裁定によってアデーレの姪マリア・アルトマンに返還され、現在はニューヨークのノイエ・ギャラリーにあります。

  50. ポール・セザンヌ『カード遊びをする人々』(1890–1892年)

    第50位後期印象派

    カード遊びをする人々 作:ポール・セザンヌ

    1890–1892年 · 油彩・カンヴァス · 65.4 × 81.9 cm

    メトロポリタン美術館、ニューヨーク

    ポール・セザンヌは1890年代前半に『カード遊びをする人々』を5回描きました。どのバージョンにも、カード遊びに没頭するプロヴァンスの農民たちが描かれています。この作品はニューヨークのメトロポリタン美術館にあります。別の1点は2011年に推定2億5000万ドルで売却され、当時の最高記録となりました。

テーマ別に見る有名な絵画

好きなジャンルが決まっているなら、テーマから探してみてください。有名な肖像画、風景画、静物画から、ギリシャ神話、歴史画、海の絵、街並みの絵、抽象画、アンティークの挿絵まで、どのテーマでも数千点のパブリックドメイン作品が見つかります。

絵画以外にも: ボタニカルアート

そのほかの有名な作品

画家1人につき3点までというルールは、ゴッホには厳しいものでした。ここに挙げるゴッホ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、フェルメールなど巨匠たちの有名な絵画は、このルールのため、あるいはわずかの差でトップ50に入りませんでした。『夜のカフェテラス』『アイリス』『アルルの寝室』から、『大使たち』『ぶらんこ』『ユダヤの花嫁』までを紹介します。

有名な絵画と画家の一覧

最も有名な絵画50点の作品名、画家、制作年、技法・素材、サイズ、そして現在の所蔵先の一覧です。

50点の一覧を表示
世界で最も有名な絵画50点の一覧。それぞれの画家、制作年、技法・素材、サイズ、所蔵先の美術館と都市を掲載しています。
順位作品名画家制作年技法・素材サイズ所蔵先都市
1モナ・リザレオナルド・ダ・ヴィンチ1503–1519年油彩・ポプラ板79.4 × 53.4 cmルーヴル美術館パリ
2最後の晩餐レオナルド・ダ・ヴィンチ1495–1498年頃テンペラ・乾いた漆喰壁460 × 880 cmサンタ・マリア・デッレ・グラツィエミラノ
3叫びエドヴァルド・ムンク1893年油彩、テンペラ、パステル・厚紙91 × 73.5 cmノルウェー国立美術館オスロ
4星月夜フィンセント・ファン・ゴッホ1889年油彩・カンヴァス73.7 × 92.1 cmニューヨーク近代美術館ニューヨーク
5真珠の耳飾りの少女ヨハネス・フェルメール1665年頃油彩・カンヴァス44.5 × 39 cmマウリッツハイス美術館ハーグ
6民衆を導く自由の女神ウジェーヌ・ドラクロワ1830年油彩・カンヴァス260 × 325 cmルーヴル美術館パリ
7神奈川沖浪裏葛飾北斎1831年頃多色摺木版画25.7 × 37.9 cm(この摺り)メトロポリタン美術館(この摺り)ニューヨーク
8アダムの創造ミケランジェロ・ブオナローティ1512年頃フレスコ280 × 570 cmシスティーナ礼拝堂バチカン市国
9アテネの学堂ラファエロ・サンティ1509–1511年フレスコ500 × 770 cm使徒宮殿(バチカン美術館)バチカン市国
10夜警レンブラント・ファン・レイン1642年油彩・カンヴァス363 × 437 cmアムステルダム国立美術館(アムステルダム博物館より寄託)アムステルダム
11ヴィーナスの誕生サンドロ・ボッティチェッリ1480年代半ばテンペラ・カンヴァス172.5 × 278.5 cmウフィツィ美術館フィレンツェ
12ラス・メニーナスディエゴ・ベラスケス1656年油彩・カンヴァス318 × 276 cmプラド美術館マドリード
13ジャガイモを食べる人々フィンセント・ファン・ゴッホ1885年油彩・カンヴァス82 × 114 cmファン・ゴッホ美術館アムステルダム
14印象・日の出クロード・モネ1872年油彩・カンヴァス50 × 65 cmマルモッタン・モネ美術館パリ
15接吻グスタフ・クリムト1908–1909年油彩、金箔・カンヴァス180 × 180 cmベルヴェデーレ宮殿ウィーン
16ソクラテスの死ジャック=ルイ・ダヴィッド1787年油彩・カンヴァス129.5 × 196.2 cmメトロポリタン美術館ニューヨーク
17白貂を抱く貴婦人レオナルド・ダ・ヴィンチ1490年頃油彩、テンペラ・クルミ板53.4 × 39.3 cmチャルトリスキ美術館(クラクフ国立美術館)クラクフ
18快楽の園ヒエロニムス・ボス1490–1500年油彩・オーク板185.8 × 172.5 cm(中央パネル)プラド美術館マドリード
19ひまわりフィンセント・ファン・ゴッホ1888年油彩・カンヴァス92.2 × 73 cmナショナル・ギャラリーロンドン
20最後の審判ミケランジェロ・ブオナローティ1536–1541年フレスコ1370 × 1200 cmシスティーナ礼拝堂バチカン市国
21雲海の上の旅人カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ1817年頃油彩・カンヴァス94.8 × 74.8 cmハンブルク美術館ハンブルク
22メデューズ号の筏テオドール・ジェリコー1818–1819年油彩・カンヴァス491 × 716 cmルーヴル美術館パリ
23トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージェ・コサックイリヤ・レーピン1880–1891年油彩・カンヴァス203 × 358 cm国立ロシア美術館サンクトペテルブルク
24草上の昼食エドゥアール・マネ1862–1863年油彩・カンヴァス208 × 264.5 cmオルセー美術館パリ
25裸のマハフランシスコ・デ・ゴヤ1797–1800年頃油彩・カンヴァス97 × 190 cmプラド美術館マドリード
26テュルプ博士の解剖学講義レンブラント・ファン・レイン1632年油彩・カンヴァス169.5 × 216.5 cmマウリッツハイス美術館ハーグ
271808年5月3日フランシスコ・デ・ゴヤ1814年油彩・カンヴァス268 × 347 cmプラド美術館マドリード
28アメリカン・ゴシックグラント・ウッド1930年油彩・ビーバーボード78 × 65.3 cmシカゴ美術館シカゴ
29牛乳を注ぐ女ヨハネス・フェルメール1660年頃油彩・カンヴァス45.5 × 41 cmアムステルダム国立美術館アムステルダム
30ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会ピエール=オーギュスト・ルノワール1876年油彩・カンヴァス131 × 175 cmオルセー美術館パリ
31アルノルフィーニ夫妻像ヤン・ファン・エイク1434年油彩・オーク板82.2 × 60 cmナショナル・ギャラリーロンドン
32オランピアエドゥアール・マネ1863年油彩・カンヴァス130.5 × 190 cmオルセー美術館パリ
33ホラティウス兄弟の誓いジャック=ルイ・ダヴィッド1784年油彩・カンヴァス330 × 425 cmルーヴル美術館パリ
34プリマヴェーラサンドロ・ボッティチェッリ1470年代後半または1480年代前半テンペラ・板202 × 314 cmウフィツィ美術館フィレンツェ
35デルフト眺望ヨハネス・フェルメール1660–1661年頃油彩・カンヴァス96.5 × 115.7 cmマウリッツハイス美術館ハーグ
36マラーの死ジャック=ルイ・ダヴィッド1793年油彩・カンヴァス162 × 128 cmベルギー王立美術館ブリュッセル
37ウルビーノのヴィーナスティツィアーノ・ヴェチェッリオ1538年油彩・カンヴァス119 × 165 cmウフィツィ美術館フィレンツェ
38雪中の狩人ピーテル・ブリューゲル(父)1565年油彩・オーク板116.5 × 162 cmウィーン美術史美術館ウィーン
39ヘントの祭壇画フーベルト・ファン・エイク、ヤン・ファン・エイク1432年完成油彩・オーク板375 × 520 cm(開いた状態)シント・バーフ大聖堂ヘント
40フォリー・ベルジェールのバーエドゥアール・マネ1882年油彩・カンヴァス96 × 130 cmコートールド・ギャラリーロンドン
41システィーナの聖母ラファエロ・サンティ1512–1513年油彩・カンヴァス269.5 × 201 cmアルテ・マイスター絵画館ドレスデン
42ネーデルラントの諺ピーテル・ブリューゲル(父)1559年油彩・オーク板117 × 163 cmベルリン絵画館ベルリン
43青衣の少年トマス・ゲインズバラ1770年頃油彩・カンヴァス179.4 × 123.8 cmハンティントン・ライブラリーカリフォルニア州サンマリノ
44ブレダの開城ディエゴ・ベラスケス1634–1635年油彩・カンヴァス307 × 367 cmプラド美術館マドリード
45我が子を食らうサトゥルヌスフランシスコ・デ・ゴヤ1820–1823年頃壁画(カンヴァスに移行)143.5 × 81.4 cmプラド美術館マドリード
46第九の波濤イヴァン・アイヴァゾフスキー1850年油彩・カンヴァス221 × 332 cm国立ロシア美術館サンクトペテルブルク
47バベルの塔ピーテル・ブリューゲル(父)1563年油彩・板114 × 155 cmウィーン美術史美術館ウィーン
48グランド・ジャット島の日曜日の午後ジョルジュ・スーラ1884–1886年油彩・カンヴァス207.6 × 308 cmシカゴ美術館シカゴ
49アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 Iグスタフ・クリムト1907年油彩、金、銀・カンヴァス140 × 140 cmノイエ・ギャラリーニューヨーク
50カード遊びをする人々ポール・セザンヌ1890–1892年油彩・カンヴァス65.4 × 81.9 cmメトロポリタン美術館ニューヨーク

有名な絵画についてよくある質問

世界で一番有名な絵画は何ですか?

世界で最も有名な絵画は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』です。どの絵画よりも多くの言語で取り上げられており、世界で最もよく知られた芸術作品とよく言われます。1797年からパリのルーヴル美術館にあります。史上最も有名な絵画としてこれに続くのは、『最後の晩餐』『叫び』『星月夜』です。

出典: ルーヴル美術館:『モナ・リザ』

史上最も有名な画家は誰ですか?

公式なランキングはありませんが、私たちの指標ではレオナルド・ダ・ヴィンチが首位です。世界で最も多くの言語で取り上げられている絵画3点のうち、『モナ・リザ』と『最後の晩餐』の2点が彼の作品です。最も多くの言語で取り上げられているパブリックドメインの美術作品167点のうち、17点がレオナルド、14点がフィンセント・ファン・ゴッホの作品で、フェルメールとカラヴァッジョが続きます。

レオナルド・ダ・ヴィンチの一番有名な絵は?

レオナルド・ダ・ヴィンチの最も有名な絵画は『モナ・リザ』で、『最後の晩餐』がそれに続きます。この2点は、世界で最も多くの言語で取り上げられている絵画です。ほかの絵画では『白貂を抱く貴婦人』が次に来ますが、素描の『ウィトルウィウス的人体図』はそれよりもよく知られています。

出典: ルーヴル美術館:『モナ・リザ』 · チェナコロ・ヴィンチャーノ:『最後の晩餐』(公式サイト)

ゴッホの一番有名な絵は?

ゴッホの最も有名な絵画は『星月夜』です。1889年6月、サン=レミ=ド=プロヴァンスの療養院の自室の窓から見た景色を描きました。ゴッホのどの作品よりも多くの言語で取り上げられており、1941年からニューヨーク近代美術館にあります。『ジャガイモを食べる人々』と『ひまわり』がこれに続き、『夜のカフェテラス』『アイリス』『アルルの寝室』はわずかの差で選外となりました。

出典: ニューヨーク近代美術館(MoMA):『星月夜』

ミケランジェロの一番有名な絵は?

ミケランジェロの最も有名な絵画は、システィーナ礼拝堂の天井に描かれた『アダムの創造』(1508–1512年)です。神とアダムの指先が今にも触れ合いそうな、あの有名な絵です。2番目に有名なのは、礼拝堂の祭壇側の壁一面を覆う『最後の審判』(1536–1541年)です。どちらもバチカンにあるフレスコ画です。

出典: バチカン美術館:システィーナ礼拝堂の天井画 · バチカン美術館:『最後の審判』

モネの一番有名な絵は?

モネの最も有名な絵画は『印象・日の出』(1872年)で、ル・アーヴルの港を霧のなかに描いた作品です。1874年にパリで開かれた第1回印象派展に出品され、印象派という名前の由来になりました。モネのどの作品よりもよく知られており、『睡蓮』の連作がこれに続きます。

出典: マルモッタン・モネ美術館:『印象・日の出』

有名な波の絵の作品名は?

有名な波の絵は、葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』です。1831年頃に制作された木版画で、連作『富嶽三十六景』の最初の1枚です。巨大な波の下に3艘の舟が描かれ、遠くに富士山が小さく見えます。

出典: メトロポリタン美術館:『神奈川沖浪裏』

イエス・キリストを描いた一番有名な絵は?

イエスを描いた最も有名な絵画は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』(1495–1498年頃)です。ミラノの修道院の食堂の壁に、イエスと12人の使徒が描かれています。『モナ・リザ』に次いで、世界で最も多くの言語で取り上げられている絵画です。

出典: チェナコロ・ヴィンチャーノ:『最後の晩餐』(公式サイト)

フレスコ画で描かれた有名な作品は?

フレスコ画で描かれた有名な作品は、ミケランジェロの『アダムの創造』と『最後の審判』、ラファエロの『アテネの学堂』です。システィーナ礼拝堂とバチカンにあるこれらの作品は、湿った漆喰に描き込んだ本物のフレスコ画です。レオナルドの『最後の晩餐』はフレスコ画と呼ばれることが多いものの、実はそうではありません。乾いた壁にテンペラで描かれたため、当初の絵の具はほとんど残っていないのです。

出典: バチカン美術館:システィーナ礼拝堂の天井画 · バチカン美術館:署名の間(『アテネの学堂』) · チェナコロ・ヴィンチャーノ:『最後の晩餐』(公式サイト)

モナ・リザはなぜ有名なのですか?

『モナ・リザ』が有名な理由の一つは、絵そのものにあります。モデルの謎めいた表情、レオナルドによる柔らかな立体の描き方、かすんだ大気を感じさせる風景です。もう一つはその歴史です。1911年にヴィンチェンツォ・ペルージャがルーヴル美術館から盗み出し、1914年まで取り戻されませんでした。この盗難が世界中で報道されたことで、誰もが知る名画になりました。

出典: ルーヴル美術館:『モナ・リザ』

モナ・リザの価値はいくら?

『モナ・リザ』に値段はありません。売り物ではなく、フランス国家が所有しているからです。絵画の保険評価額の最高記録としてギネス世界記録に認定されており、1962年の評価額1億米ドルは、現在の約10億ドルに相当します。

出典: ギネス世界記録:絵画の保険評価額の最高記録

史上最も高く売れた絵画は?

史上最も高く売れた絵画は、レオナルド・ダ・ヴィンチ作とされる『サルバトール・ムンディ』です。2017年11月にニューヨークのクリスティーズで、手数料込みで約4億5030万米ドルで落札されました。作者の帰属に異論があるため、この一覧には入れていません。それまでの記録は2011年の推定2億5000万ドルで、セザンヌの『カード遊びをする人々』の1点でした。

出典: クリスティーズ:『サルバトール・ムンディ』

ルーヴル美術館で一番有名な絵画は?

ルーヴル美術館の最も有名な絵画は、『モナ・リザ』『民衆を導く自由の女神』『メデューズ号の筏』『ホラティウス兄弟の誓い』です。4点とも私たちのトップ50に入っています。ルーヴルにはほかにも、レオナルドの『岩窟の聖母』と『美しきフェロニエール』、フェルメールの『天文学者』、アングルの『グランド・オダリスク』があります。

出典: ルーヴル美術館:『モナ・リザ』 · ルーヴル美術館:『民衆を導く自由の女神』 · ルーヴル美術館:『メデューズ号の筏』 · ルーヴル美術館:『ホラティウス兄弟の誓い』

有名な絵画はどこの美術館にありますか?

有名な絵画の多くは、マドリードのプラド美術館やパリのルーヴル美術館など、ヨーロッパのいくつかの美術館に集まっています。このページの50点のうち、6点がプラド美術館に、4点がルーヴル美術館にあります。フィレンツェのウフィツィ美術館、バチカン、オルセー美術館、ハーグのマウリッツハイス美術館が各3点、アムステルダム国立美術館、ウィーン美術史美術館、ロンドンのナショナル・ギャラリー、サンクトペテルブルクの国立ロシア美術館が各2点です。アメリカでも、シカゴ美術館とメトロポリタン美術館が各2点を所蔵しています。

盗まれたことのある有名な絵画は?

『モナ・リザ』は1911年にルーヴル美術館から盗まれ、1914年に取り戻されました。ムンクの『叫び』は、絵画版の2点がどちらもオスロの美術館から盗まれ(1994年と2004年)、いずれも取り戻されています。1990年にボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館で起きた盗難事件で奪われたレンブラントの『ガリラヤの海の嵐』は、いまも見つかっていません。

有名な絵画はパブリックドメインですか?

有名な古い絵画のほとんどはパブリックドメインです。アメリカでは2026年の時点で1931年より前に発表された作品が、EUとイギリスでは作者の死後70年を過ぎた作品がパブリックドメインです。このページの絵画はすべて、その両方の条件を満たしています。パブリックドメインの絵画を忠実に撮影した写真も、一般に保護の対象になりません。これは一般的な情報であり、法的な助言ではありません。

出典: コーネル大学:著作権の保護期間とパブリックドメイン · 米国著作権局:著作権の保護期間はどのくらいか

有名な絵画を無料でダウンロードできるサイトは?

このサイトで無料でダウンロードできます。このページの絵画はそれぞれ Fine Art Free の作品ページにつながっていて、登録なしで横幅1,200ピクセルの画像を無料でダウンロードできます。画面表示やスライド、授業の配布資料には十分な大きさです。フル解像度のファイル(作品によっては最大16,000ピクセル)は Fine Art Pro でご利用いただけます。画像は各美術館のオープンアクセス・コレクションとウィキメディア・コモンズから提供されています。

出典: Fine Art Free:商用利用できるパブリックドメイン画像

有名な絵画をTシャツやグッズに使ってもいいですか?

はい、パブリックドメインの絵画であれば使えます。このページの50点はすべてパブリックドメインです。Tシャツやポスター、マグカップに印刷して販売することも、トリミングや加工をすることも、許可や料金なしでできます。ただし、美術館があなたの商品を推薦しているかのような表示はしないでください。

出典: Fine Art Free:商用利用できるパブリックドメイン画像 · コーネル大学:著作権の保護期間とパブリックドメイン

有名な絵画ランキングの決め方

順位は、それぞれの絵画が世界でどれだけ広く知られているかで決めました。指標にしたのは、その作品の項目がある百科事典の言語の数です(2026年10月に確認)。多くの文化圏で書かれている絵画ほど、順位が高くなります。

一覧を役立つものにするため、いくつかのルールを設けました。どの絵画もパブリックドメインなので、自由にダウンロードして使えます。1人の画家が入るのは3点までです。『サルバトール・ムンディ』のように作者が議論されている作品や共作の作品、『ウィトルウィウス的人体図』のような素描、そして性的に露骨な絵画1点は除外しました。複数のバージョンがある絵画は、多くの人が思い浮かべるものを載せ、どのバージョンかを明記しています。

制作年、サイズ、所蔵先は美術館の記録と公開された参考資料にもとづいています。出典は各作品のページに記載しています。

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